bubó BARCELONA ~CUBOMBONS~

「いらっしゃいませ。検温とアルコール消毒にご協力お願いいたします。」


   ***


表参道に来ている。
左右に高級ブランド店が立ち並び、全身からおしゃれを発している人達が前から後ろから通り過ぎていく。
テレビでよく見るApple Storeもテレビと同じように平日にも関わらず行列ができている。
街の取り決めで”ガラス張り”にしなければならないと決められているかのように街全体が妙に光って見え、実家で飲む麦茶に入れる四角い氷を思い出した。

表参道ヒルズで買った服の紙袋を片手に、表参道から一本入った路地を歩く。
『閑かだ。』
ギラギラとしていた表通りとは世界が変わったかのように、人もいない温かな街が広がっていた。

色んな言葉で検索をした。
”チョコレート おすすめ”、”洋菓子 おすすめ”、 ”お菓子 おすすめ”、”お菓子 おしゃれ”、”人気 チョコレート”、”お菓子 ランキング”、”お返し お菓子 おすすめ”、”洋菓子 初上陸”…

夕飯後、8時頃からはじめた調査も、気づけば23時を回っていた。
「ブボ・バルセロナか…」

お土産を渡す同僚たちの顔を思い浮かべる。
『高橋さん、藤沢さん、海野さん、山北さん。』
それぞれ思い出しながら、持っているもの、好きな食べ物、好きな話、来ている服、から答えを探す。
もう3年以上一緒に働いている仲間たちだから鮮明に思い出せるはずなのに、必ず最後に目の前を覆うのは高橋さんの立ち姿だ。
3つ上の先輩で、真夏でもジャケット&パンツスタイルを崩さない。何時に見てもいつも同じ姿で、黒いジャケットの中から覗かせるビビットな色合いが、彼女のやる気と自信を物語っていた。
「高橋さんの好みは外せないか…」
そうやって、3時間かけて決まったのがbubó BARCELONAの”キューブボンボン ラブ”だった。


   ***


「いらっしゃいませ。検温とアルコール消毒にご協力お願いいたします。」
店内入って右端に、モニター付き検温器とアルコール消毒が用意されている。
カウンター内にいるお姉さんから促されるままモニターの前へ移動し、手の消毒をしながら検温が終わるのを待つ。
ここが表参道であることを思い出せてくれるガラス張りの壁越しに、金髪のお姉さんがベンチに座りノートパソコンで何やら作業している姿が目に映る。
『やっぱりここは表参道だ』そんなことを考えていたせいで、
「マスクはつけたままで測れますよ。」
左後ろから届く声に気づくのが遅れてしまった。
「すみません…」
急いでマスクを鼻まで上げ、検温を済ませる。

昨夜3時間もかけて調べたのだから、買いたい物は勿論決まっている。
「こちらが”キューブボンボン”です。お色で味が違っていて…」
説明を聞きながらも、お目当ての”キューブボンボン ラブ”はすぐに見つかった。それでもお姉さんの親切な説明は続けられる。
「こちらは、ナッツの風味を楽しめる4種類のお味、こちらは、フルーツの香り豊かな4種類のお味、こちらは、コーヒーやお茶などのお味、ウイスキーなどお酒を使用したお味、全体的に甘めにまとめられているお味、とご用意しております。」
説明される味と、チョコレートそのもののデザインが合っているからだろう。説明がすんなりと頭に入ってくる。
それなのに、購入するものは決まっているのだから少し申し訳ない気持ちだ。

隣のショーケースにはハート型のチョコレートにチョコレートが入っているいかにもおしゃれな商品や、マカロン、ケーキといったチョコレート以外のお菓子も並んでいた。そして、その一つ一つも丁寧に説明してくれる。
「ご試食されますか?」優しい声掛けが畳み掛けられる。
「いいんですか?ぜひ!」
「周りについているパウダーが手につくので、こちらの紙の上に置きますね。」
そう言って渡された小さな白い紙を手のひらの上に置くと、その上にチョコレートをのせてくれる。
「シナモンが効いていて美味しいんですよ。」
確かに口に入れた瞬間から、顔全体がシナモンで覆わる感覚だ。

店内を歩きショーケースをじっと見ては少し悩むふりをしながら、結局はもともと決めていた”キューブボンボン ラブ”を4つ頼んでいた。それと併せて、コーヒーやお茶の味のセットも…

「お出口までお持ちします。」
両手を荷物で埋めながら、再び現実に返ってくる。相も変わらず氷の中におしゃれが詰め込まれていた。


   ***


「これ、お土産です。」
「杉内さん!ありがとうございます♪東京はどうでした?」
「仕事だからね。ホテルと取引先との往復だよ。」
「でも、1日オフがあったんですよね?」
「その戦利品がそれだよ。」
「それじゃあ、私達のせいで東京楽しめなかったみたいじゃないですか…」
「そんな事無いよ!表参道散策できたし、そもそもオフって言っても、新幹線に乗るまでの時間だけだから。」
「はーい。でも本当にありがとうございます!感謝は本物ですからね。」
海野さんとの会話はいつもこんな感じだ。こんな場面でも、返ってきた実感がする。

「あ、高橋さん!これ、お土産です。無事に帰ってまいりました。」
少し大げさにお辞儀をする。
「杉内さん、お帰りなさい。帰ってきてからちゃんと休めた?」
「はい。おかげさまで向こうでのスケジュールも少し余裕がありましたし、早めに帰ってこれたので、体調は万全です!」
「契約の延長と新たな受注もできたみたいで、お任せして正解。」
「事前に高橋さんが話を通してくれていたおかげです。」
「じゃあ、二人のお手柄ってことで。」
そう言って、お土産を手に自分のデスクへと戻っていく。
ジャケットの袖から少しだけ見えるピンク色が、今日も鮮やかだ。

『本当は今ここで箱を開けて、チョコレートを見てほしい。』
『本当は今ここで食べて、美味しいって言ってほしい。』

高橋さんの背中を見ていると湧き上がってくる感情を、噛み締め、味わっている僕がいる。

ほろ苦くも甘い、コーヒーとチョコレートの味だ。

キューブボンボン ラブ

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