STARBUCKS

「人々の心を豊かで活力あるものにするために—
ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」

私はスターバックスのミッションが好きだ。

「家でも職場でもない”サードプレイス”の提案」

私はスターバックスの精神が好きだ。

あぁ、自己紹介が遅れましたね。
私の名前は、佐々木 肯臣(ささき むねおみ)。47歳、男性です。

朝からお昼すぎまで、スターバックスで過ごす日々がすっかり板につきました。
今日も定位置のお店の隅、全面ガラス張りの窓の角に座ってパソコンで記事を書いています。

少しずつ夏の足音が聞こえはじめ、窓から見える外の景色は、空の色が少しずつ紺碧に近づき雲の白色がくっきりと浮かび上がるようになってきました。風に揺れる木々の色も緑が濃くなり、青葉が目に心地いいです。
歩く人も、半袖の人、カーディガンを羽織る人、ジャケットを手に持つ人、それぞれに今の季節を感じている姿がこの席からはよく見えます。

お前は何をしているのかって?
毎日ただ外を眺めるためにスターバックスに来ているわけでは無いですよ。
こう見えて、ここで仕事をしています。

元々私は、行員一筋、街の銀行に新卒で入社してから20年働いていました。
当時は銀行に就職できれば安泰と言われていて、親にも喜ばれましたよ。
そんな私は自分で言うのも恥ずかしいですが、何をやっても普通。良くて人並み。誰でもできる出世はしましたがそれ以上はなく、42歳のときに出向を言い渡されました。
辞めた同期を除くと、全員が行内で自分の居場所を見つけそれなりの役職で活躍していましたらか、正直私の扱いには困っていたのでしょう。

自分で言ってて悲しくならないかって?
歳を重ねると、プライドみたいなものはどんどんと削ぎ落とされ、最後には本当に自分にとって大切なものだけが残るんですよね。まるで、ゴツゴツとして角がたくさんあった石が、上流から時間をかけて流されていく中で他の石や大きな岩にぶつかりながら角を少しずつ削っていき、穏やかに流れる下流に着くことには丸いツルツルとした石になっているような感覚です。
子どもたちに見つけてもらって、飛び石で川の上を走れたら本望です。

出向先は小さなIT系の会社で、そこで経理の仕事をしていました。
銀行では目立った活躍がなかった私でも、世の中全体で見ればお金の知識は豊富な方でしたから、経理としての活躍は十分にしていたと自負しています。
そこで出会ったのが新卒で入社してきた、大橋 駿(おおはし しゅん)さんでした。
この駿さんとの出会いが私にとって大きな転機となって、今こうしてスターバックスに毎日やってきているわけです。
駿さんは、大学生の頃から自分のサイトを作ってその運営で収入を得ていました。
その金額は毎月20万ほど!!
当時の私が持った最初の感想は、『なんで就職したの!?』でした。
だって、そんなに稼げていたら働かなくて良さそうじゃないですか!
素直に駿さんにこの想いをぶつけてみたところ、
「世の中を知らないまま大人になったら世界が狭くなるかなって思って」
と言われてしまいました。
恥ずかしながら、22歳の男性は、当時43歳だった私よりもよっぽど大人でしたよ。

元々楽して生きたい私でしたらか、駿さんにサイトの作り方や収入を得る方法を教えてもらって今に至ってます。
会社を辞めて、サイトの運営だけで生活できるようになったのが1年前、46歳の春でした。

毎日こうして同じお店、同じ席についていると、店員さんは顔なじみになってくるし、私と同じようにスターバックスで過ごす人の顔も覚えてきます。
私のように毎日来る人もいれば、毎週水曜日の12時ごろに来る人、曜日は不定期だけど来る時間は10時の人、など、名前も知らない方々ですがちょっとした繋がりができたような感覚が一人で記事を書いている私にとっては嬉しかったりもします。

先日、いつもよりも遅くまでスターバックスにお邪魔していたときのこと、男女一人ずつの高校生が私の前のテーブルに突きました。私側を向いている女の子は”はじめまして”の子でしたが、私に背中を見せている男の子は、いつも一人で勉強をしにやって来ている”お馴染み”の子でした。
下世話ですが、普段一人黙々と勉強している男の子が女の子と一緒にやってきたものですから、気になって気になってパソコンを打つ私の指以外すべての力は、気づけばその子たちに向けてしまいました。

二人お揃いの”ストロベリーフラペチーノ”を頼んでいて、最近学校であった話、TikTokの話、友達の恋愛の話で盛り上がっていました。
少し雰囲気が変わったのが、進学についての話に及んだとき。

「変わらずに早稲田目指すの?」
少し肩を落とした男の子が聞きます。
「うん。今のところ学校の先生も、予備校の先生も合格できそうって言ってくれてるから」
ストロベリーフラペチーノを口元まで運びながら、女の子が答えます。
「そっか、高橋先生が行けるって言ったんだ」

『高橋先生!?それは高校の先生かい?それとも予備校の先生かい?』どうでもいい疑問が私の中で生まれましたが、二人の会話は進んでいきます。

「うん。高橋先生が言ってるからまぁ大丈夫そうだよね。大輝はどうするの?」
女の子の質問に、一瞬男の子(彼の名前が大輝くんということを初めて知りました!)がうつむいたように見えます。
「今のままじゃかなり厳しいって言われた。相当頑張らないとだめだって」

『君は頑張っているよ!いつもここで勉強しているじゃないか!!』届かないエールを送ってみます。

「そっか。別のとこも考えてるの?」
大輝くんの頭と重なって完全に見えなくなった女の子の目が、大輝くんをじっと見つめていることが不思議と伝わってきます。
「・・・・・・・・」
トントンと続いていた二人の会話が、大輝くんの沈黙によって止まりました。
「・・・・・・・・」
沈黙を誤魔化すわけでもなく、話題を変えるわけでもなく、女の子も沈黙を返します。

店内は、注文をするお客さんの声、対応をする店員さんの声、美味しいコーヒーが作られる機械音、素敵な空間を物語る沢山の音に溢れている中、目の前の二人の周りだけは静かな時間が過ぎていきます。

右端に置いてあったストロベリーフラペチーノのカップを飲むわけでもなく、時計回りに少し回転させた大輝くんが顔を上げ沈黙を破りました。
「あのさ、 今もしてるけどもっと勉強するし、絶対に間に合わせて早稲田に合格するからさ・・・・・ ふたりとも合格できたら、付き合ってくれない?」

食い入るようにノートに向かい、ひたすらにペンを走らせていた大輝くんの姿が脳裏に浮かびます。
今までスターバックスで勉強をする学生を沢山見てきましたが、彼の空気は明らかに異質でした。
おしゃれな空間を楽しむわけでもなく、ここで勉強している自分自身に対して悦に浸るわけでもなく、ただひたすらに集中していた姿の源泉にやっと触れた気がしました。


「ムリ。そんな約束今できない」
彼女の優しく透き通った声が、大輝くんの希望を切り裂きます。

ドラマのように、全ての告白が成功したら世の中に独り身は居なくなっているのでそんなに現実は甘くないのは理解しています。ただ、目の前で確かな現実を突きつけられた私は、勝手に寂しさを感じていました。
そんな私を置いて、女の子の話は続いていきます。

「合格できたら。って、合格できない可能性があるってこと?頑張って絶対に合格するんでしょ?」

「・・・・」
女の子の質問に、大輝くんは沈黙で応えます。


「絶対に合格するんだから、”今”からなら付き合ってあげる」

うつむき、手元をずっと見ていた大輝くんの顔が上がり、まっすぐ女の子を見つめています。私からは後頭部しか見えていなくても、大輝くんの目は彼女を捉えて離していないことくらいは分かります。

「ありがとう」
絞り出し、やっと出た大輝くんの声は、窓の外に見える青葉のように優しく揺れていました。


『何だよ!ハッピーエンドかよ!こんなの見せられたらおじさん泣いちゃうよ!!』
非常識にも最後まで二人の会話を聞いてしまった私でしたが、こんなにも素敵でこんなにも幸せな時間をくれた二人には感謝しかありません。
『ありがとう!!』

大輝くんが回したストロベリーフラペチーノのカップには、
”ガンバレ!!”の文字と優しく見守るスマイルマークが描かれていました。

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