UNI QLO

「パパ、パパ…?」

「あ、あぁ。ごめんね。ちょっと考えごとしてたんだ。」
「パパのこわいかお、好きくない。」
「そんな怖い顔、してた?」
「してたよ!」

「ちょっと!遊んでないで、お買い物すませちゃうわよ。ほら、雄太。おいで!」
息子の雄太が、妻のかおりに手を引かれ離れていく。
「あなたは、自分の見たいの見ててね。」
「おぉ。適当に見てるよ。」

今は土曜の11時ごろ。
妻のかおりにせっつかれて、
眠い目をこすりながら車で30分ほどのショッピングモールに入っているUNI QLOに来ている。
昨日は飲み会があり、家に着いたのは24時を過ぎていたから、本当はもう少し寝ていたかったが、
そうはいかないのが我が家のルールだ。

気づけば、特に必要のない靴下コーナーに足が進んでいた。
眠いせいもあるかもしれないが、いつも以上にぼーっとしてしまう時間が多い。
原因はわかっている。昨日の飲み会でのちょっとした出来事のせいだ。


   ***


「健さん。おめでとうございます!」
グラスがぶつかり合う音と、拍手の音が混ざり合い、まるで花火が上がった瞬間のような賑やかさを見せている。
目に映る光景はどこか映画を見ているかのように、全く別の世界で起きていることのように感じる。

「おい、博。ぼーっとしてんじゃないよ。我らが同期の華、健様のお祝いじゃないか。」
横に座っている同期の健児が嫌味混じりに声を掛けてくる。
「俺はな、博。お前に期待してたんだけど。真っ先に出世したのは健だったか。」
さっきの嫌味の正体は、どうやら僕に向けられたものだったようだ。
「俺なんかに期待してたのか?やっぱり健児は見る目がないな。」
「なんだよ。それが期待してやった人に言う言葉か?」
全く意味のなさない、不毛な会話が続いていく。
こちらの周りには誰一人おらず、話す相手も健児しかいないから仕方ない。
一方で、主役の健は新入社員も含め、後輩に囲まれニヤニヤし通しだ。
”明”と”暗”
こんなにも分かりやすく現れることもあるんだな。
どこか他人事に、そんな感想が浮かんでくる。

「おーい!こんな日ぐらい主役に注いでくれても良いんじゃないか?」
遠くから健がこちらに声を掛けてくる。今日はヤツが主役だ。無視するわけにはいかない。

「ほぃ。」と言いながら下を向き、ビールを持った右手を上げ返事をする。
たてた左膝に左手をのせ、ぐっと力を入れて立ち上がる。
「んふぅーーー」と声にならない声が漏れ、身体がいつも以上に重たいことを実感する。

「健部長様。おめでとうございます。」
直前に空になった健のグラスにビールを注ぐ。

同期3人決して中が悪いわけではない。今回の昇進の純粋に嬉しく思っているし、同期として誇らしくもある。
けれど、自分自身への不甲斐なさと、努力してこなかった今までの自分に気持ちが重くなる。

「博は奥さんと仲良くやってるのか?」
隣の空席をパンパンと叩きながら、健が声を掛けてくる。
「あぁ。息子と3人仲良くやってるよ。そんなことより、健は結婚しないのか?」
待ってましたと言わんばかりにニヤリとした健は、左腕をグイッと突き出し手首をこちらに向けてくる。
「そろそろ本格的に今の彼女と結婚しようかと考えてるんだ。ほら、この時計。彼女が買ってくれたんだよ。」
時計に疎い俺でもわかる。”ロレックスのデイトナ”だ。
「そういえば、今の彼女はどこぞの会社の社長の娘だったっけ。」
「そう。『昇進おめでとう』ってくれたんだよ。いやぁー、本当に良い彼女に出会えて幸せものだ。」
「そうだな。彼女まだ若いんだろ。早くけじめつけてやれよ。」
「おぅ!お前も良い時計の一つぐらい買えよ!」
自分で買ったわけでもないことは、頭に1mmも残っていないようだ。

健児とバトンタッチし、自分の席へと戻りながら頭の中に浮かんでいるのは、光り輝くロレックスだった。
「買いたいものが買えたら苦労しないわ。」
無意識に独り言をこぼしていた。


   ***


「ねぇ、ねぇ…」
気づけばかおりが横に立って声を掛けていた。
「なんか今朝から様子変よ。風邪引いてない?」
そう言いながら、慣れた手付きでおでこに手を当て体温を確認してくる。
「うん。熱はなさそうね。今日のご飯、焼き肉でもする?」
「あぁ、そうだね。たまには焼き肉も良いね。」
「パパ、今日やきにくなの?ヤッター!」
いつの間にか隣りにいた無邪気に喜ぶ雄太の笑顔を見ていると、自分の悩みがちっぽけに感じる。
「ねぇねぇ、パパ。ちょっとこっち来て。」
雄太に掴まれた左手に付いていった先は、Tシャツコーナーだった。
「ママが、パパもいっしょに買っていいって!これいっしょに着たらおそろいだよ!」
嬉しそうに指差す先にあるTシャツは、大きく”ウルトラマン”がプリントされているものだった。
「そっか。雄太はこれが良いんだね?」
「そう。パパは白で、ボクは青!ウルトラマンみたいにつよくなるんだ!シュワッチ!!」
そう言いながら、雄太はかおりのもとへと駆けていく。

雄太から目線を上げた先にあったかおりの顔は、少し呆れながらも嬉しそうに笑っていた。
優しく雄太の頭をなでているかおりの手の温もりをおでこに感じながら、
渡されたカゴへウルトラマンのTシャツを2枚入れる。

セルフレジのモニターに表示される”¥13,300-”の会計をカードで済ませながら、
「僕の幸せはここにある。」
と、独り言をこぼしていた。

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