GODIVA

「本日は3月14日ホワイトデーです。季節外れの雪に見舞われる予報ですので、暖かい服装でおでかけください。」
「それじゃあ、”ホワイトホワイトデー”ですね!」
 ・・・
「ハハハハ♪そうですね!」

朝見たニュース番組のお天気コーナーでのやり取りが、頭の中で再生される。
『くだらない。何が楽しいんだよ。オヤジギャグに付き合って、女子アナも大変だな。』
頭の中で、誰にぶつけるでもない不満をつぶやいていた。

「悠!バレンタインのお返しちゃんと持ってきたか?」
校内でもイケメンで有名な”優”が、頭のモヤモヤ吹き飛ばす。
「知ってて聞いてるだろ。誰からももらってないから、お返しも必要ないんだよ。イケメンはお返しが多くて大変だな。」
嫌味を吹き飛ばすほどの大きな紙袋に目をやりながら、優に言葉を返した。

優とは高校からの付き合いだったけど、名前の読み方が一緒なことからあっという間に仲良くなった。
男の俺でも一瞬動きを止めてしまうほどのイケメンで、まさに”美形”という言葉がピッタリ当てはまる。
その上、誰に対しても人見知りせず気さくに話しかけるもんだから、敵を作らず誰からも好かれる存在だ。
こんなイケメンが友達にいるから、多くのものを”頂いて”いる。
高校生活は控えめに言っても平和だ。一点を除いて…

「ということで、昼休み付き合ってね!」
優が両手を合わせて上目遣いでこちらを見ている。
悔しいけどカワイイ一面も見せてくるから、モテすぎるこいつを嫌いになれない。
「はいはい。荷物持ちすれば良いんだろ。」
言葉とは裏腹に、右手をブンブンと振りながら小さい抵抗を見せてみる。
「ありがとっ!助かるわ!!」
抵抗は全く意味をなさず、ただその場の空気をかき回しただけだった。

「おはよーっ♪」
教室に朝には似つかわしくない元気な声が響く。
「おぅ。日向おはよー!」
元気な声の主に、優が手を上げながら返事をする。

日向は優の幼馴染だ。
幼稚園からずっと一緒で、家族通しの付き合いもあり、旅行なんかも一緒に行く仲だそうだ。
日向と仲良くなったのは、優と仲良くなったあとの必然で、
「優の友達でしょ?じゃあ、私の友達だよ!」
の一言で、日向とも友達になれた。
日向は日向で、カワイイ系のトップを走る見た目で、優が仲良くするくらいだから性格も良いときてる。
『こんなドラマみたいな二人が幼馴染だなんて許されるのかよ。不公平すぎる。』
二人と会って最初に抱いた想いだった。

「ねぇねぇ、悠は今年も優のお手伝い?」
気にしている点を秘孔のようにピンポイントで突いてくる日向の一言に、クラっとする。
(前言撤回。日向の性格が良いというのは忘れてほしい。)
「そう。”こ・と・し・も”手伝いだよ。」
2年連続イケメンのお返しのお手伝い。こんなに寂しいことはないよ・・・
「それで、、、」
日向が手をこちらに伸ばしている。
「ん??」
「ほら、ね。ほら!」
「んん???」
「えーーーー!お返し無いの!?」
(やっぱり前言撤回してよかった。ホワイトデーだけもらおうなんて、ズルい。)
「優は私にお返しあるでしょ?」
今度は左隣にいる優に向かって手を伸ばしている。
「ちょっとまって。」
大きな紙袋に手を入れ、ガサゴソと探している。待っている時間じっとこっちを見ている日向の視線が痛い。
「はい、お返し♪」
優は”ブラックサンダー”を取り出すと、営業スマイルで日向に渡す。
「えーーー。ブラックサンダー…?」
「日向からもらったのもブラックサンダーだったからね!」
不満げな表情を隠すことも、変えることもしないで、日向はかばんの中にお返しをしまった。

『うーーーん。まずい。』頭の中に冷や汗を感じる。
確かにバレンタインデーにブラックサンダーをもらった。
もらったけど、優と俺と日向と3人でもらったその場で食べたんだ。
『あれは、バレンタインだったのか?2月13日や2月15日だったら、ただのおやつタイムだぞ。』
頭の中で言い訳がめぐる。

自分だけ時間が止まっていたのか、「じゃあお昼頑張ってね!」と何事もなかったかのように日向は自分の席へと戻っていく。
『こういうところが、嫌いなんだよ。』
自分に対して一人こぼしていた。


   ***


そりゃあもう、自分の存在なんてこの世から無くなったんじゃないかと感じる1時間だった。
大きな紙袋を持って優の斜め後ろを付いて回る。
教室に入るたびに、全員の視線は優に向けられ、出された左手にお返しを渡すだけの男は全く視界に入っていない。
優の性格が為せる技なのだろう。順番にお返しを渡していっても何一つ揉めることなく、みんなただただ嬉しそうにしている。
『人の瞳ってこんなにキレイになるんだな。』
そんな感想が無意識に浮かんでは消え、また浮かんでくる。
昼休みの時間を目一杯使って、やっと紙袋の底が見えてきた。袋は軽くなっていくのに、足取りは重くなるから不思議だ。
「次でラスト!」
優が満面の笑みでこちらにエールを送ってくる。
「主役はお前だろ。」
知らぬ間に、黒子としての自覚が染み付いていた。

職員室に入り、担任のめぐみ先生に最後の一つを渡して、ミッションコンプリート。
「悠くん、お疲れ様!」めぐみ先生のねぎらいが心に染みる。
「優くんも来年は、誰彼構わずもらわないようにね。」教師公認のモテ男だ。

「悠、今年もありがとうな!」
「おぅ。これはこれで楽しいから、気にしなくていいよ。」
「そっか!じゃあ、、、来年もよろしくな!」
自分の席へと戻る優の背中を目で追いながら、得も言われぬ疲れを感じていた。

親友の頼みとはいえ、来年もう1回あるかと思うと、今日の今日では流石にうんざりしているのだろう。

間もなく休み時間が終わり、午後の授業が始まる。
教室の反対、廊下側の席に日向は座っている。ふと日向を見てみると、その目は明らかに優を追っていた。

楽しみにしていた運動会の日。朝起きてカーテンを開けたら土砂降りの雨だった。
昨日買ったお菓子。朝早くから用意してくれていたお弁当。お父さんと練習したスタートダッシュ。
なぜだか、小学生の頃の想い出が頭の中をよぎっていった。

ガラガラと音を立て、教室の前の扉が開く。午後の授業が始まる。
”ぐぅ〜〜〜”っと音を立てなるお腹に、昼ごはんを食べる暇がなかったことを思い出していた。


   ***


「優!今日の帰りはどうする?」
「あ、ごめん。今日は千春先輩と約束があるから!」
そう言い残すと、優は足早に教室を後にしていた。
「そっか・・・」
本来届けたい相手がいない言葉は、ふわふわと中を舞い、少し浮かんで弾けて消えた。
「日向!今日はどうするの?」
まだ教室に残っていた日向にも声をかけてみる。
「買い物に付き合ってくれるなら、一緒に帰ってあげてもいいよ!」
「なんで上からなんだよ。」
いつもと同じカワイイ笑顔をこちらに向ける日向へと向かいながらも、優を追う目が忘れられなかった。

学校からほど近いショッピングモールに日向のお目当ての店がある。
お気に入りの店は3つほどあるが、その中でも一番のお気に入りが今日の目的地だ。
当たらなくていい天気予報が見事に的中し、季節外れの粉雪が3月の空気を冷やしている。

「寒いね。」日向が感想をこちらに向ける。
「そうだね。」こちらもただの感想を日向に返した。
灰色に塗られた空気の中をチラチラと白い雪がただよっている。
二人の間で冷やされた空気は、一定の温度を保ちながら二人の距離も保っていた。

「さむいね。」日向がまた感想を投げかける。
「そうだね。」こちらも同じく感想を返す。
「雪だね。」日向が景色を伝えてくる。
「雪だね。」こちらもそのまま日向に返す。



「ねぇ。ショコリキサーって知ってる?」
「ん?ショコ何??知らないよ。」
「ショコリキサーだよ。GODIVAのやつ。」
「GODIVAってあのお高いチョコのお店の?」
「そう。飲んだことないでしょ?」
「うん。初めて聞いたよ。」
「チョコレートが濃厚で、ホットはからだの中まであったまるんだよ。」
「いいね。」
「今日付き合ってくれたから、ご馳走してあげる。」
「いいの?ありがと。」


なんでだろう。季節外れの雪が冷たくて、身体は震えてしまうのに、『この時間がずっと続けばいい』って心から思うんだ。


季節外れの雪のせいだろう。GODIVAの前には行列ができていた。
日向いわくみんな”ショコリキサー”目当てだそうだ。
カップルやOLさん。思い思いに季節外れの雪を楽しむかのように、”ショコリキサー”を手にしては一口飲んでお店を後にしていく。
「もうすぐ私達の番だね。う〜〜さむい。」
日向が手をこすりながらお店の中を覗いている。
「身体が冷え切っちゃったから、楽しみだね。」
チョコレートの美味しそうな香りに誘われ、早く飲みたい気持ちが溢れてくる。
「ホントにねー。美味しいんだよ!」
楽しみにしている気持ちは、日向のほうが強いみたいだ。

「ねぇ。」
日向がこちらを見て声をかけている。
「なに?」
急にじっとこちらを見つめる日向に困惑しながら、とりあえず短い返事で返す。この間に、頭はフル回転だ。
「今日お返し忘れたでしょ。」
嫌な予感がする。
「あぁ、ごめん!ブラックサンダー、一緒に食べたよね。」
素直に謝るのが得策だ。この先の展開はもう決まってる。
「ちゃんと思い出したんだー…、もうすぐ私達の番だね!」
考えるまでもない。できることはたった一つだけだ。
「どれか好きなチョコ買おっかね。あんまり高すぎるのは困っちゃうけど。」
「やったね!」
日向の手のひらで転がされるのは、生まれたときから決まってたんじゃないかって思う。

「ミルクのショコリキサーのホットを1つください。」
やっと順番が回ってきて、日向が注文を進めている。
1つしか頼んでないところを見ると、飲める量は相当少なそうだ。
「他のチョコレートはこの後店内で買えますか?」
流石に抜け目ない。しっかりと店員さんに確認している。
「はい。お会計は別ですので、決まりましたらお声掛けください。」
「ありがとうございます!」
なんとまぁ、嬉しそうな顔をするのか。注文が終わったショコリキサーからは気持ちは離れ、店内に並ぶ色とりどりの箱に、もう想いを巡らせている。

「お待たせしました!」
出来上がったショコリキサーを持った店員さんが、こちらに向かって声をかけている。
すっかりチョコレートに夢中だ。
『さすがの集中力』と少し感心しながらも、仕方なくショコリキサーを受け取る。
「出来上がったよ。」
日向の視界を塞ぐように、カップを顔の前に突き出す。
「わぁ、ありがとう!いい香りだねぇ〜…」
そう言いながら大きく息を吸い込んでいる。
「もうチョコは決まったの?」
「うん。これにする!」
4種類のチョコが入った、ホワイトデー限定品だ。
両手でグイッと出された箱を受け取り、かわりにショコリキサーを日向に手渡す。

会計を済ませ、紙袋に入ったチョコレートを日向に手渡す。
「お返し、こんな形になってごめんね。」
「ううん。GODIVA買ってもらえたから良いんだよ。来年も忘れていいからね!」
「来年はブラックサンダーは無しだからな。」
「考えておきます!」
来年こそはブラックサンダーでもお返しを忘れないようにしよう。
「あそこに座って飲もうか?」
日向が目の前にあるベンチを指差しながら、小走りに向かっていく。
「そういえば、来年はちゃんと優には良いチョコ渡さないと気づいてもらえないぞ。」
遠ざかる日向の背中に向かって、思いも寄らない言葉をぶつけていた。

何事もなかったかのようにクルリとこちらを見てベンチに座る日向。
空いている右側にショコリキサーのカップを置き、こちらが座るのを待っている。
ベンチに座って見つめた先では、まだ雪がチラついて、一段と空気を冷やしている。


「私は、はじめてのGODIVAは悠から欲しかったんだよ。」


二人の距離は、ショコリキサー1つ分までは縮まったみたいだ。

GODIVA

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