POCARISWEAT

青い空、白い雲、爽やかな風、照りつける太陽、暑すぎる気温、まとわりつく湿度、近すぎる親友…

「あぁ〜〜!!こんな暑い日に近すぎるんだよ!」

幼稚園から、ついには高校まで一緒になってしまった親友というか、腐れ縁というか、人生を振り返ればどの場面にも登場する大橋智也(おおはしともや)”が、目の前5cmのところでこちらを見ている。

特別真面目なわけでもなければやたらとやんちゃをするわけでもなく、クラスの中にそつなく溶け込む一人の生徒としてうまく立ち回っているけど、智也を嫌いな男子はいないし、女子の中には隠れファンがいるって話も聞くくらい、結構みんなから好かれる存在だと思う。

もっと目立ってチヤホヤされても良さそうだけど、本人曰く「脇役として主役になりたい」そうだ。
正直、よくわからない…

「で、なんだよ?」
これだけ顔を近くに置いておいて、何も要件がないというのはおかしな話だ。

「今日も一緒に帰ろうぜ」
幼馴染の智也だが、家は15分ほど離れていて”ご近所さん”というわけではなかった。
それでも、学校から家まで20分ほどは同じ道を使うから、わざわざ声をかけずともほぼ毎日一緒に帰っている。

「何だよ。何かあるのか?」
普段ない声掛けに疑いの目を向ける。

「まぁね。ただ20分くらい待っててほしくて」
半分申し訳無さそうに、残りの半分は甘えた表情を織り交ぜながら”お願い”をしてくる。

「なにか悪さでもしたか?」
智也が失敗するわけがないことを知りながらも、お決まりの台詞を返す。

「俺がすると思うか?職員室に呼ばれて入るけど、図書委員の活動で話があるみたい」
地味だが活動が多く、時間を拘束される図書委員は、人気投票ではダントツの最下位だった。

それは智也らしさがふんだんに発揮された日だった。

高校2年の4月、新たな38名が集まり”2-2″が作られた。
“社会性を育む”ためらしいが、なんのことだか理解している生徒は一人もいない委員活動をするために、各委員決めが行われたときのこと。
全員が様子を伺いながらも、少しでも楽な委員になろうと手を上げていった。
そんな中、最後まで誰からも手が挙がらず残った図書委員になったのが智也で、嫌な顔ひとつせずこなしているから、純粋にそこはすごいと思う。

「まぁ智也がへまする訳無いか。良いよ」
正直なところ1時間でも待ったと思うし、逆の立場でも待ってくれたと思う。

「ありがと!なるべく早く向かうから、自転車置き場で待ってて」
もう一度”お願い”の表情を見せ、智也は足早に教室の出口へと向かっていった。

「はーい。ジュースでもおごってもらうかな」
智也の背中に投げかけた言葉は、聞こえないふりをした智也の背中にぶつかり教室に落っこちた。

  ***

「10分は経ったか…」
つい独り言が溢れる。

まもなく夏休みに入る7月9日。日に日に気温は上がっていて今日の最高気温は32度だった。
夕方になり暑さは少し落ち着き、今日は北風なのか吹く風が体を冷やしてくれる。

自転車置き場の脇に植わっている大きな桜の木は、春の面影は一つも残さず、緑の葉を揺らしながら夏を届けている。

確かに7月にしては涼しいし、たまには季節を感じる時間を過ごすことも大切だと思けど、待ち合わせから10分過ぎて音沙汰が無いのは納得がいかない。

ぶつける相手もいない感情は、スマホの画面に反射して自分に返ってくる。

「あれ?和也。何してるの?」
突然呼ばれた自分の名前に驚き、智也への苦情を打ち込む手が止まる。

顔を上げその声の元を探すと、1年から同じクラスの”田中未来(たなかみく)”がこちらに向かって歩いていた。

実は声に聞き覚えがあったから、顔を上げなくても誰の声かは分かっていた。だけど、『なんだ、未来か。』の表情を自然と作ってしまうこの癖は、若さのせいにしてしまいたい。

「未来こそどうしたの。自転車だっけ?」
何度か一緒に帰ったことがあるし登校する姿も見たことがあるから、普段自転車を使っていないことは知っていた。

「うん。和也だってそうでしょ?」
同じく登校に自転車を使っていないことを知っている未来からすれば、当たり前の質問返しだった。

「智也と待ち合わせ」
事実をそのまま伝える。

「えぇー!私と一緒だ」
笑顔とも、怒っているとも、呆れているとも取れる表情を見せる未来を横目に、智也の”狙い”が頭の中を駆け巡る。

「え!未来も智也に言われたの?」
とっさにいい返しは思いつかないから、事実確認をすませてみる。

「そうだよ。私も智也くんに言われて来た。自転車置き場で待ち合わせ」
どうやら雲行きが怪しくなってきた。

「智也にどのくらいかかるか確認してみるね」
さっきまで打ち込んでいた苦情をすべて消し、「ナンダコレ!」とメッセージを送る。

伊達に長く付き合っていない。このメッセージを送ったところで返ってくる返事は決まっていた。

“ごめん!まだかかりそうだから未来ちゃんと先に帰ってて!!”

「だって」
一言一句そのまま読み上げ、未来に伝える。

「そっか。じゃあ帰ろっか」
くるりと向きを変え、校門に向かって歩き出す未来を小走りに追いかける。

背中まで伸びた長い髪が彼女の動きに合わせて優しく揺れている。
まだ存在感を失っていない日差しが彼女の髪の上を流れると、動きに合わせて光の波を届けてくれる。

「智也になんて呼び出されたの?」
追いついた未来に声をかける。

「今日予定なかったら一緒に帰ろって」
こちらに目を向け未来が返事をよこす。

「それだけ?」
真っ直ぐな未来の視線を受け止められず、前を向いて会話を続ける。

「うん。特に用は言われなかったなぁ」
横目で確認すると未来も正面を向いていた。

「そっか。3人で帰るなんて言ってなかったよ…」
とりあえず事実を伝えてみる。

「まぁでも、和也がいてくれてよかった。これで一人だったら寂しすぎるよ」
名前を呼ばれたから?それともよかったと言われたから?理由はわからないけど無意識に未来へと向けた視線が、未来の視線とぶつかった。

「今度智也に会ったら言っておくよ」
おかしな返答だ。会うに決まってるし、”よかった”と言ってくれた未来の想いにひとつも応えていない。
一度はノドまで上がってきた「僕も。」なんていう、ふたりの頬を優しく撫でる澄んだ風のような言葉は、おへその下までスッと沈み込んでいった。

日が傾き、不思議と世界の緑が濃くなったように感じる。
『葉っぱも生きるのに必死か』そんなどうでもいいことを考えてしまう。

「クラスはどう?」
沈黙を嫌うように未来が話しかける。

「まぁまぁ」
センスの欠片もない答えが口をついて出る。

これでは会話が続くわけがない。
二人の耳に届く人の声は、近くの公園で遊ぶ子どもたちの声だけになってしまった。

『公園に集まっては智也とゲームばっかりしてたな。今の子供達は一周回って公園の遊具で遊ぶのか』
またどうでもいいことが頭に浮かぶ。現実逃避を疑いたくなる。

「夏休み、どうするの?」
未来の優しさに頭が下がる想いだ。

「んーーー…」
なんとか応えようと、必死に予定があったか思い出してみる。

「そんなに考えなくていいよ」
そう言った未来の笑顔には優しさがこぼれていた。

忘れないように目に焼き付けたいほどの笑顔だったけど、ずっと見ていることを未来に気づかれてしまうことのほうが怖くなり、視線を公園へと逃してしまう。

「思い出そうとしても特に無かった。それに、考えてみたらいつも智也が勝手に決めてたよ。」
男の子がふたり、すべり台の滑る側から頑張って登っている。

「私も”特に”なんだよね。よかったら私も誘ってよ。なんかふたりいつも楽しそうだし!」
体ごとこちらに向けた未来は立ち止まっていた。

『智也が好きなのか…』
未来のお願いに答える前に浮かんだ言葉だった。

『ふたりが並んで歩いている姿はなんて画になるんだろう』
プログラムされているかのようにスムーズに浮かんでくる感想。

「いいよ、智也は絶対に喜ぶよ!!」
すべり台の上から子どもたちがこちらを見ている。

「智也くん、いなくてもいいよ」
そう言いながら未来は歩き出していた。

「じゃあね!私はこっちだから」
200mほど続く真っ直ぐな道のすぐ手前、右側に曲がってしまう道を指差しながら未来が手を振っている。

「じゃあね、また。」
未来に応えるように手を振ってみる。
笑顔を返す未来の姿は、すぐに見えなくなった。

  ***

「おつかれ!」
玄関の前。自転車にまたがった智也が姿を見つけるなり声をかけてくる。

「おまえさ!」
まだ整理もできていない感情だけが先走り、智也へと投げつけていた。

「ほいっ」
自転車のかごに入れたバックから取り出したポカリがクルクルと回りながらこちらへ向かってくる。
すっかりオレンジに染められた世界の中で、夏の青さが届けられるように感じた。

「頑張ったんだろ?」
智也はちゃんと受け取った姿を見届けていた。

無視してポカリのフタを開け、体に流し込む。
今日の時間、今日の風景、今日の感情、僕を運んでくれた全てが帰ってくる。

「夏休みのプラン。お楽しみに!」
まっすぐ続く道。智也がどんどん小さくなっていく。


「ただいまー」
自分の部屋へと続く階段を上がる。

「智也のやつ。なんで俺より先に家の前にいたんだ?」
すでに答えが出ている問いを口に出してみた。

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