トコトコ トコトコ トコトコ トコトコ トン
チャ〜〜〜 チャッチャッチャッチャッ チャラララァ〜
チャチャララララァ〜〜〜
チャチャララララァ〜〜〜
気の抜けた音楽が流れる。特別ではない、私の日常。
**
「結!いってらっしゃい」
「ママ!いってきます」
帽子越しに娘の頭をポンッポンッと撫でる。
”ニヒヒヒッ”と笑いながら、結が友達の元へと駆け出していった。
「それでは、先生。今日もよろしくお願いします」
チューリップ組の担任、望(のぞみ)先生に結を預け、軽く会釈をする。
チューリップのかわいいワッペンがついたエプロンが、ヒラヒラと揺れている。お手製みたい。
「はい。結ちゃんはいつも明るくて、私も助かってます。みんなの中心なんですよ。それに、結ちゃんパパには言えないですけど、今年だけで3人から告白されてました」
徐々にコソコソ話になる望先生の声は、風にのって心地よいまま耳に届く。
「そうなんですね。確かに伝えたら”ムッ”としそうです」
ハハハハハッ♪
二人の笑い声がパッと花咲く。
軽くなった自転車にまたがり、帰り道を進んでいく。
遠くには青々とした空が広がり、真っ白な雲が立ち並んでいる。
夏がやってくるとしたら、きっとあそこからに違いない。
そよそよと花を優しくなでていた風は、自転車に乗った私には髪を持ち上げる強さで通り過ぎていく。
まだ少し冷たいその風は、心地よさだけを運んでくれた。
私の町の夏はまだ先みたい。
「ただいま!」
もちろん返事はないけれど、確かに二人の気配を感じる。どうしても「ただいま」は言いたくなってしまう。
カーテンを開け、窓を開け、家の空気を開け放つ。
自慢に聞こえてしまうかもしれないけど、私の家は幸せな家庭だと思う。
優しい旦那、可愛い娘、料理上手な私。
一家団欒の時間も作りながら、それぞれやりたいことをする時間もなんとか作れてる。
そんな家庭でも、気づかぬうちにきっと、空気の中に悪いバイキンみたいなものが住み着いて、いつか半分を超えたぐらいに家の中を淀ませて、雰囲気を悪くするのだと思う。そう、”ギスギス”っていう状況は、そのバイキンみたいなもののせいなのだ。
手をパタパタと窓に向けて振り、少しでもバイキンを外に出してみる。効果の程は、ご想像通りだと思うけど。
家事をはじめる準備としてテレビをつける。
MCを務めるアナウンサーが、コメンテーターの芸人さんに今の政治についてコメントを求めている。
きっと大切な話なんだと思うけど、私にはいまいちピンとこない。私の日常とは繋がらなくて。
旦那の愉(さとし)はスマホのニュースで追いかけているみたい。選挙が近づいてくると現状を教えてくれたり、話題のニュースについて質問したら教えてくれる。
完全に甘えているけど、今の私にとってはあまり重要ではない情報。
芸人さんが今の政治についてダメ出しをしている中、DVDを物色しその中の1枚をデッキにセットする。
”最初っから見るんなら押せ”
言われるがまま、黄色いボタンを押す。
トコトコ トコトコ トコトコ トコトコ トン
チャ〜〜〜 チャッチャッチャッチャッ チャラララァ〜
チャチャララララァ〜〜〜
チャチャララララァ〜〜〜
気の抜けた音楽が、部屋全体を包み込む。私を安心させてくれる音。
画面には、緑に覆われた公園に八百屋の格好で立つ大泉さんと主婦の格好をしたミスターこと鈴井さんがワチャワチャとやり取りをしている。何十回と見ているやり取りを背中で聞きながら、洗濯機を回しに移動する。
つい最近までは、”家族2人分”の洗濯だったけど、今では”家族3人分”とはっきり言えるぐらい結の着る服は大きくなっている。両手で持った結のTシャツは、”広げた”と実感できる大きさだ。プリントされているかわいいクマとしっかりと目が合う。
洗濯機が回る音を背中で聞きながら、掃除機を片手にリビングに戻ると、またもや騙された大泉さんが、愚痴をまくし立てている。人の愚痴を聞く時間は苦痛でしかないはずなのに、大泉さんの愚痴はなぜだか心地が良い。
こんなにも早口で、自分の感情を面白く伝えられる人は見たことがない。
画面の中の大泉さんは少し可愛そうだけれど、私は3人が気持ちよく過ごせるように掃除機をかける。
とぎれとぎれに聞こえる大泉さんの声は、それでも愚痴をこぼしていると分かるから楽しい。
きっと見すぎたせいなのだけれど、声だけで私の目の前にはその時に場面が鮮明に映し出されている。
掃除をしに立ち寄った寝室のベッドの上には、パジャマが3セット並べられている。
掃除機を止め、ベッドに腰掛け、1番大きな青いチェックのパジャマを持ち上げる。
柔軟剤の香りと重なる愉の匂いに、二人が過ごしてきた年月を感じる。
私も愉も当たり前に年を重ねてきて、お互いに色々と変わってきているけれど、その一つ一つが二人にとってかけがえのない時間だったんだと思える。
畳んだパジャマを顔につけ、スッと息を吸い込む。
廊下の向こうからは、休憩時間が足りないと相変わらずの愚痴が流れてくる。
台所に立つと、正面にテレビが見える。
”水曜どうでしょう”を楽しむ私の一番のお気に入りの場所。
ここにも綺麗に3セット、食器たちが置かれている。
絶対に卵の黄身を付けない愉のお皿は、使ったのかわからないくらい綺麗なまま。
やっと空っぽにできるようになった結のサラダボールには、ミニトマトのヘタだけが入っている。
毎日見ている食器を今日も見れていることがこんなにも嬉しいなんて、想像もしていなかった。
毎日見ている大泉さんは、今日も藤やんと喧嘩をしている。
”喧嘩するほど仲がいい”という言葉は、この二人のためにあるんだと思う。
ピー ピー ピー!
洗濯機が呼んでいる。
「早くしないとシワになりますよ!」
少し強めに呼ばれている気がするけど、きっとこれも優しさなんだろう。
こんなにも輝くお日様に見守られる今日の洗濯物たちは幸せだろう。
テレビからは4人の笑い声が聞こえる。
きっと声は聞こえないけど、カメラを持つ嬉野さんも笑っているのだろう。
画面の向こうでも青空が広がる中、”楽しい瞬間”を私に届けてくれている。
毎日変わらない当たり前の日々。
特別ではない、私の日常。
”楽しい瞬間”なのかは、わたし次第。
水曜どうでしょう
2021.05.09
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