「皆さんこんにちは!”VALORANT JAPAN CHAMPIONSHIP 202X” 実況を担当させていただきます、雪風です。よろしくお願いします!!」
「そして、私とともにこの配信を盛り上げてくださる解説者をご紹介します」
「2020年6月からサービスが開始されたVALORANTを、当初から最前線で盛り上げ、今なお活躍し続けているtabさんです!tabさんどうぞよろしくお願いします」
「雪風さん、よろしくお願いします」
「いよいよ始まりますね」
「始まりますね!正真正銘、日本一が決まる大会ですからね。楽しみにしていない人はいないでしょう!」
「その言葉を証明するかのように、ここ両国国技館にはチケット完売、7,000人のファンが詰めかけています」
「1年間、この日のためにリーグ戦を戦い続けてきたプレイヤーたちの努力と活躍の上にこの大会が成り立っているので、全てのプレイヤーたちに拍手を贈りたいですね」
「そうですね。この日のために、日本一になるためにずっと戦い抜いてきたわけです。それに、その様子をずっとファンの皆さんは見届けてきているので、応援しているチームへの熱も一段と高いですね」
「どのチームも、期待に応えるべく、最高をプレーを見せてくれると思います」
「楽しみにしましょう!」
「タブさん。今回はじめてVALORANTの大会を見る方もいると思うのですが、このゲームについて説明いただけますか?」
「分かりました」
「まず、このゲームはFPS、ファーストパーソン・シューティングと呼ばれるタイプのゲームです」
「動かしているキャラクターの姿を見ることはできず、自分自身が直接その場所で世界を見ているような視点でゲームが進んでいきます」
「ひとチームの人数は5人で、それぞれが個性的なキャラクターを選択し試合を進めていきます」
「同じチームで同じキャラクターは選べないのですか?」
「そうですね。チーム内で同じキャラクターは選べないです。もちろん、相手チームは選べますよ」
「ありがとうございます。続きをお願いします」
「はい!戦うチームは、アタッカーとディフェンダー、それぞれに分かれ、アタッカーはスパイクという爆弾を決められたポイントに設置し、爆発まで守り続けたら勝利、ディフェンダー側は、スパイクの設置を阻止するか、設置されたスパイクを解除することで勝利することができます」
「タブさん、ということは相手チームを全員倒しても勝ちですね」
「そうです。相手チームを全員倒すことでも勝利となります。その他、1試合1分40秒、100秒の制限時間があるので、ディフェンダー側はこの時間まで設置を防ぐことができれば勝利です」
「なるほど。アタッカー側は、スパイクを爆発させるか、相手チームの全滅で勝利。ディフェンダー側は、スパイクの解除か、制限時間までポイントの防衛、相手チームの全滅で勝利できるのですね」
「さすがのまとめ、ありがとうございます!」
「さらにこのVALORANTが面白いポイントとして、マネーシステムがあります」
「マネーシステムですか?」
「はい。プレイヤーはお金を持っていて、そのお金を使って、武器や防具、スキルを購入していきます」
「それでは毎回強い武器を買えばいいんじゃないですか?」
「そうですよね。でもそうもいかないのが面白いポイントで、もらえるお金がチームの勝敗で変わるんです。基本的には勝ったチームはお金が多く貰えて、負けたチームは少ないお金でやりくりをしていきます」
「負けて不利になるのはつらいですね」
「そうですよね。だからこそチームの連携や作戦が活きてきます。思い切ったプレイがハマると爽快ですよ!」
「相手の動きも予測しながらチームで戦略を考えるのですね」
「その通りです。その他に、負け続けるともらえるお金が増えたり、相手の武器を拾うこともできるので、負けているチームが形勢逆転し、そのまま勝利することもよく起こります」
「それは熱いですね!」
「そうですね!」
「伝えたいことが沢山あるのですが、多すぎると訳がわからなくなってしまうので最後にプレイヤーの技術について」
「お願いします」
「大会で注目してほしい技術は、”エイム”と”反応速度”です」
「エイムと反応速度?それぞれ教えて下さい」
「まずエイムから説明します。モニターの中央にレティクルという照準があるのですが、コレを相手に合わせる技術が”エイム”です。いかに素早く、いかに正確に相手に合わせられるかが、撃ち勝つポイントになってます」
「次に、反応速度です。これは言葉のままなのですが、相手が見えてから撃つまでの速度のことです。恐ろしく速い選手もいるので楽しみにしていてください」
「この2つが勝利の鍵を握るということですね」
「はい。プレイヤーそのものの技術なので、サッカーで言えば、足が速い、ボディーバランスが強い、野球で言えば、球が速い、バットコントロールがうまいといった、基本的な技術そのものだと考えてもらえるとわかりやすいかもしれません」
「なるほど。プレイヤーとしての基本的な力ということですね」
「はい。この大会に集まっているのは全員プロ選手なので当たり前にうまいのですが、トップクラスの中でも差はあるので、その辺りを楽しんでいただけると良いと思います」
「タブさん、わかりやすい説明ありがとうございました!それでは試合が始まるまで、リーグ戦の名場面を御覧ください。」
**
「よっしゃっ!!」
控室へと続く廊下に響く歓喜の声。黒いTシャツを着た6名が、ハイタッチをしながら進んでいく。
普段は無機質でひんやりと冷たい廊下も、6名の熱気に当てられて温かみを宿している。
「いよいよここまで来た。あと1試合。次の試合に勝利すれば俺たちが日本一だ!」
狭い廊下で反響したその声は、6名分の想いが重なり広がっていく。
”チーム DAEMON”
張り紙の横の扉に6名が入っていく。
控室の中央には茶色い長机が置かれ、その周りに椅子が8個並べられている。
「反省点。振り返るぞ!」
入るやいなや、手を叩いてメンバーを鼓舞しながらも気持ちの引き締め直しをする。
コーチの”ルシ”だ。
さっきまで左手に握られていたノートは机に置かれ、今はタブレットが収まっている。
試合中ずっと走らせていたペンの軌跡は、試合中個人の判断や連携がうまくいかなかった場面の時間と内容を事細かに残していた。
「まず初め、アセントの第一ラウンド32秒の場面…」
廊下で見せていた満面の笑みの面影は一欠片もなく、5名全員が各々タブレットを食い入るように観ている。
廊下の先、会場から響く歓声もこの部屋の6名には全く届いていない。
**
「tabさん、圧巻の試合でしたね」
「はい。絶対王者の名にふさわしい試合運びで、相手チームの”Perfect Destroyer”を一切寄せ付けなかったです」
「Perfect Destroyerもこの準決勝の舞台まで上がってきたチームなので、世界にも通用するトップクラスの実力を持っているのですが、それでも気づけば2-0のストレート勝利。落としたラウンドも5つのみ。と終わってみれば完璧な試合運びでした」
「Perfect Destroyerの選手に先日インタビューしたのですが、対策を練っていただけに悔しい思いでいっぱいでしょうね。ぜひリベンジに向け前を向いてほしいです」
「数字だけ見れば一方的に見えますが、一試合一試合見ていくと、拮抗した場面が多々ありましたからね」
「はい。決して勝てない試合では無かったと思います」
「次この両雄がぶつかる時が楽しみですね」
「今から待ち遠しいです!」
「それでは一旦お別れして、1時間後、決勝の舞台でお会いしましょう!!」
**
7名が各自タブレットの映像をじっくりと観ている。
”チーム TRITON”
海の神の名を冠したチームの部屋は、その名の通り深海に鎮座する神殿内のように静まり返っている。決して広くはない部屋。7名が一つの部屋に集まっているが、どこか、冷たさを感じるほどだ。
「30分後。チーム全体の動きを確認するから」
眼鏡を掛けた長身の男性から発せられた言葉は、誰ひとり動かすこと無く部屋に漂う。
誰一人、タブレットから視線を外すものはいなかった。
**
「いよいよこの時がやってきました!!! ”VALORANT JAPAN CHAMPIONSHIP 202X” 決勝戦の始まりです!」
大歓声が鳴り響く中両国国技館が暗闇に包まれ、天井から吊るされた4枚のモニターに大会の公式映像が映し出される。
世界各国から注目されているこの大会は、複数のサイトから配信され同時視聴者数は5万人を超えていた。
「泣いても笑ってもこの試合で日本一が決まります。一年間のすべての思いがぶつかり合うこの瞬間を楽しみにしましょう!」
会場のボルテージに押され、tabの声にも熱がこもる。
「はい。日本一の称号とともに、世界大会への出場権も得られますからね。一ヶ月後。ラスベガスで行われる世界大会。奇しくも”日本一は通過点”と口を揃えて言っている両チームともに絶対に負けられない試合が始まります!!」
公式映像が終了した両国国技館は、暗闇で眠る森のように静まり返っている。
朝日となったのは、雪風の声だった。
「それでは、選手の紹介です!!」
炎の中から浮かび上がる悪魔のシルエット、そこに”DAEMON”の文字が浮かび上がる。
「チームDAEMON1人目、ドレク選手!」
駆け抜けるように選手の顔がモニターに映し出され、その隣には使用キャラクターが並べられている。
会場中央に用意されたステージに続く長い通路をゆっくりとドレクが進んでいく。
大舞台にも関わらず、その顔は楽しみに包まれカメラに向かって満面の笑みを見せている。
「tabさん、ドレク選手はどういった選手でしょうか?」
「ドレク選手を一言でお伝えすると自由奔放ですね。誰も思いつかないような動きで相手を翻弄しペースをかき乱す。対策の取れない選手です」
「ありがとうございます!」
「続いて2人目!アバ選手の入場です!!」
180cmは優に越えているだろうか。両国国技館が相撲の聖地であることを思い出させる肉体の持ち主が、ゆっくりとステージへと向かっていく。
「アバ選手の紹介をお願いします」
「はい。アバ選手は見た目の通り、フィジカルモンスターと呼ばれています。特にエイムの精度は世界一といっても過言じゃないほどで、一撃で相手チームを粉砕するパワーの持ち主です」
「恐ろしいですね…」
「3人目。ウァプ選手です!!」
アバとは対象的で、眼鏡を掛け小柄なウァプが足早にステージへの通路を進んでいく。目にかかるほど伸ばされた前髪が静かに揺れる。
「ウァプ選手はどういった選手ですか?」
「ウァプ選手は、とにかく喋らない男。で有名で、常人では考えられない集中力を保ちながら、全ての意識を試合に向けられる選手です。いつも冷静で、最適解を最速で見つけて動いていきますね」
「精密マシーンのような活躍に期待しましょう!」
「続いては、コピ選手。4人目の入場です!」
吹き上がるスモークを突き抜けて現れたピンク色の塊が、ステージまで一気に移動していく。ピンクのジャージ、ピンクの髪の毛をしたコピが両手を上げながらステージを周っている。
「すごい登場ですね。コピ選手の特徴をお願いします!」
「はい。見た目のとおりと言うか、チーム内のムードメーカー的な存在で、チームが苦しい時に発言とプレイでチームを何度も立て直してきた選手です。ただ、プレイは、と言うと、その姿とは打って変わってチームのサポートに回る場面が多く、縁の下で支えるプレイが輝くことが多いです」
「チームの支えになっているのですね」
「さて、5人目。いよいよチームリーダーの登場。サマ選手の入場です!!」
一際大きな歓声とともに、サマの姿がモニターにも映し出される。会場は一瞬にしてアイドルのコンサートの様相を呈した。
誰が見ても”美形”と認めざるを得ない顔立ちをした男性が、照れるようにハニカミながらステージへと向かっていく。
呼びかけられる声一つ一つに手を上げて反応する姿もモニターに映し出され、そこかしこでスマホのシャッター音が鳴り響いている。
「羨ましいですね…」
「そうですね…」
「私達の願望は一旦置いておいて、サマ選手の紹介をお願いします」
「はい。サマ選手はチームDAEMONのリーダーで、チームが創設された初期からずっと活躍している選手です。全ての力が世界にも通用するトップクラスの実力なのですが、チームにおいては水のような存在で、この個性的なチームをまとめるために絶対に必要な存在ですね」
「リーダーと聞くと、絶対的な特徴がありそうですが水のような存在とは珍しですね」
「そうなんです。それが普段の配信でも現れていて、女性ファンが毎日増加している理由でもありますね」
「私には無理そうです…」
「私もです…」
「相変わらずモテモテだな。」
サマの横に座っているコピがイタズラな笑顔を浮かべながら声をかける。
「そんなんじゃないから!」
リラックスした雰囲気が漂う中、それぞれモニターの角度や椅子の高さ、ヘッドフォンの音量などプレイ環境を自分に合わせ整えていく。
「やってきたことを信じよう。自分を信じよう。チームを信じよう」
両手を叩きながら選手5名を鼓舞する、コーチのルシの姿がステージにあった。
再び暗転する会場が徐々に青に染まっていく。
モニターには、波打つ海に、三叉の矛であるトライデントと海を我もとする法螺貝をもった海の神トリトンが映し出された。
「絶対王者」
再び雪風にこう紹介されたチームの名”TRITON”がモニターに映し出されると、会場に緊張感が走る。
「不敗神話。VALORANTのサービス開始以来、公式戦はもちろん非公式の試合も含め、一度も土をつけられたことがないと語り継がれるこのチームの神話はいつまで続くのでしょうか。」
「それでは、チームTORITON。選手の入場です!!」
「1人目。アリエ選手の入場です!!」
スモークが晴れ、登場したアリエ選手を見てあげられた歓声は、サマとは打って変わり野太いものばかりだ。
「チームで唯一の女性プレイヤー、アリエ選手はどういった選手でしょうか?」
「世界中にファンがいるアリエ選手のLIVE配信は、平均で3万人を超える接続を誇る超人気プレイヤーです!」
「tabさん、もしかしてアリエ選手のファンですか?」
「もちろんです!英語と日本語を使いこなすアリエ選手の配信は世界をつなぎますよ!」
「tabさんの想いは十分に伝わりました。ぜひ、プレイスタイルを教えて下さい。」
「失礼しました。エントリーと呼ばれる危険エリアに真っ先に飛び込んでいく役割を持っていて、アリエ選手の1ピック(相手を一人倒すこと)からチームに勢いが生まれていきます」
「危ない役回りですよね」
「はい。それを笑顔でこなしてしまうところも魅力の一つですね!」
「あ、ありがとうございました…!」
「続いて2人目は、アティー選手です!」
チームのロゴが刺繍されたキャップにマスク姿で現れたアティーの顔は、モニターで確認してもほとんどわからない。
「アティー選手の紹介をお願いします」
「はい。エイム日本一をアバ選手と競い合っているのが、このアティー選手です。どんな不利な状況でも打開し逆転してしまう実力の持ち主です」
「私もアティー選手の”ワンショットワンピック”を何度も見てきました!」
「さぁ3人目。アラ選手の入場です!」
とても幼く見えるその姿に、「カワイイ!」の声が四方八方から届けられる。本人も満更ではない様子で、両手を振ってその声援に応えている。
「アラ選手はどういった選手ですか?」
「かゆいところに手が届く、仲間が困っていると必ず側にいる選手です。何が見えているのかはわからないですが、危ないときには必ず現れて、サポートしてまた別の場所へと向かっていく。生粋のサポーターです」
「チームには欠かせない存在ですね!」
「次に登場するのは、4人目。アデ選手です!」
公称192cmの身長で、体の半分以上あると思われる長い足を繰り出して歩く姿はゆったりとしていながらも、ステージまでの到着時間は人一倍短い。シルバーフレームの眼鏡にスポットライトが当たり、一際輝いて見える。
「アデ選手の特徴を教えて下さい!」
「はい。見た目とは裏腹によく喋る選手で、チーム内会話の8割はアデ選手が喋っているそうです。ムードメーカーとしてチームを支える一方、誰よりも試合全体のことを把握できていて、試合時間の大半をMAPをみて過ごしていると言われている程です。だからこそ、アデ選手の発言がチームの大切な情報源になっているのです」
「寡黙そうに見えて、以外でした」
「さて、いよいよ最後の選手の入場です。絶対王者と呼ばれるチームにおいて、その中の絶対王者として君臨する選手。アリス選手の入場です!!」
登場とともに拍手で迎えられるアリス。敬意を表すように打ち鳴らされる拍手は、声援を許されない空気に負け残された手段として選ばれているかのようだった。そこには、畏怖にも似た感情が込められているように感じる。
表情一つ変えずにゆっくりと通路を進むアリスの視線は、相手チームの背中を捉え、一時も離されることは無かった。
「アリス選手の紹介をお願いします」
「正に絶対王者の名にふさわしい選手です。以前からVALORANTに親しんでいる方はご存知かもしれませんが、アリス選手の一番有名なシーンは、去年開催された韓国チームとの国際親善試合で見せたACE(一人で相手チーム全員を倒すプレイ)のシーンでしょう。しかも、1対5と絶対的に不利な場面からの5人抜き。日本中が湧いた瞬間でした」
「あの試合はもちろん私も見ていました。不敗神話が終わってしまうのではないかと固唾を呑んで観ていましたが、あのプレイから流れが一気に変わり、現在進行系の不敗神話へとつながっていますね」
「はい。どんな状況でも諦めない強い精神力とそれを形にできる確かな技術を持った、最高のプレイヤーです」
「負けたことあるヒトー?」
アデの呼びかけには誰も反応せず、各々セッティングを進めていく。
「いないよねー」
これがこのチームの日常なのだろう。反応がないことが当然のように、アデが話を続ける。
「じゃあ、いつも通りやればボクタチの勝ちでしょ!」
4人の視線が一斉にアデに注がれる。一瞬の出来事だがこのチームの力を知るには十分すぎるほどの時間だった。
「チームDAEMON VS チームTRITON。いよいよ試合開始です!」
「第1試合が行われるMAPはバインドです。それでは第1試合。始めていきましょう!!」
日本一を決める試合の幕が今上げられた。
***
一進一退の攻防が繰り広げられている。
BO5。最初に3勝したチームの優勝が決まるこの試合で2勝2敗。完全に両チームの実力は拮抗していた。
お互いに得意MAPを順番に選択しながら、確実に勝ちを重ねていく。
最終決戦の舞台は、”アセント”。
13ラウンドを先取したチームが、正真正銘、日本一となる試合で、11対12。最後の最後まで両者譲らず、一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ここで攻め側のTRITONがラウンドを取得し、12ラウンドまで勝ちを積み重ねてきました。次の1本を取ればTRITONの勝利。DAEMONは絶対に落とせないラウンドが間もなく始まります」
ここまで実況でこの試合を明るく盛り上げてきた雪風も、日本一が決まるか否かのラウンドを前にして、緊迫感を全世界に発信していた。
「DAEMONはここを取ればサドンデスに持ち込めますからね、何としても守り抜きたいです。きっとこの状況を楽しみながら、守り抜く作戦を話し合っていることでしょう」
数多くのインタビューを重ねてきたtabが、確信を込めたコメントを視聴者に届ける。
「まだ行ける!守れるぞ!!」コピが手を叩きながら、チームメイト、そして自分自身を奮い立たせる。
そんなコピの肩に両手を置くコーチのルシ。
「俺は厳しかったと思う。きっとどのコーチよりも厳しいし、それだけ練習をさせてきた。でもそれは、今日この瞬間を勝利で飾るためなんかじゃない。俺たちが見据えているのはラスベガスでの世界一だろ。日本一はあくまでも通過点。そのための練習をさせてきた!」
「ほんと。辛かったよ」右手を上げヒラヒラとさせながらドレクが言う。
「目の前の敵を倒す。目の前の試合に勝つ。それだけだよ」
真に集中した時に見せるサマの表情に導かれるように、自然とチーム全員の気持ちは冷静にこの現状を捉え、勝利に対して確信にも似た熱い想いを共有していた。
「それでは、”VALORANT JAPAN CHAMPIONSHIP 202X”決勝戦。BO5の第5試合。第24ラウンド。TRITONがこのランドを取得すれば日本一に、DAEMONが取得すればサドンデスとなる大事な大事に一戦が今始まります!!!」
今日一番の声が雪風から全世界へと届けられ、運命の一戦が開始された。
「さて、攻め側のTRITONは、Aメインに4人、センタートップにチームリーダーのアリス選手が操るブリムストーンが待機し、センターの様子を伺っています」
「一方、守り側のDAEMONは、A中にサマ選手のオーメン、Aショートにドレク選手のジェット、オペレーターを持っていますね。そして、センター、マーケットにアバ選手のレイナが、B中をウァプ選手のサイファーとコピ選手のソーヴァが守っています。Aの方が少し守りが薄い気がしますがいかがでしょうか?tabさん」
「そうですね。サイファー、ソーヴァがいるBの方が守りは堅いですね。Aに攻め側のTRITONが人数を割いているので、このままA攻めとなった場合、DAEMONは厳しくなりそうです」
「さて、チームDAEMONのコピ選手のソーヴァが、リコンボルトをBメインに入れていきます。敵が範囲内に入れば反応して姿を確認できるのですが、今B側には誰もいないためもちろん反応はありません。ただ、リコンボルトを破壊されないので、人数が少ない予測が立つかもしれませんね」
「はい。恐らくチーム内にも、”反応はないけど壊されない”といった報告がされていると思います」
「続いて、AメインのTRITON側ですが、動かずガン待ちですね」
「詰め待ち警戒で、もし一人倒せたらそのままA攻めの流れでしょうか」
「裏取りが刺さると一気に形成が変わってしまうので、まずは慎重に時間を使っていく格好ですね」
「この間、センターを一人で見ているアリス選手ですが、ジャンプピークを繰り返しながら、センターを見続けています」
「これ、マーケットにいるアパ選手が少し前に出ているので、遠距離ながらも目視するかもしれませんね」
「そうですね。レイナのアビリティ、リーアの目玉を構えているので、視界を奪ってワンピック狙いかもしれません」
「さぁ、壁越しにリーアを使用し、センターの様子を伺うアバ選手のレイナ…」
その瞬間、センターからオペレーターの銃声が鳴り響く。胴でも一撃倒せる強力なスナイパーライフルの銃弾は、確かに頭を捉えていた。
ジャンプを繰り返していたアリスのブリムストーンはその動きを止める。
「あぁぁっと、Aショートからセンターへ顔を出したドレク選手のジェットが、ジャンプピークで飛び出た頭を撃ち抜きました!!!」
「これは、スーパープレイが飛び出しましたね!」
「あの一周に反応できる人は殆どいないでしょう。それをこの大一番で出してくる。さすがドレク選手です!」
「このワンピックは、ただのワンピックとは重みが違いすぎます。リーダーであるアリス選手がいなくなることでの精神的な負担に加え、使用していたブリムストーンが相手の視界を防ぐことができるスモークを担当していたため、一気に攻めづらい状況になってしまいました」
「これで攻め側のTRITONはなにかアクションを起こさないといけなくなりましたね」
「はい。比較的守りに強いキャラクターが多いので、どうやって打開していくのか楽しみにしましょう!」
無敗のまま、ただひたすらに勝ちだけを重ねてきた”絶対王者”にとって、この場面すら想定内だった。
誰一人表情を変えること無く、それどころか、目の前の試合をより楽しむような笑顔にすら見える。
「さて、そのまままずは、Aメインを進行するようですね。アラ選手のセージがアルティメットオーブを回収。アリエ選手が入り口にスモークをたいて、Aメインの奥、ワインを確認しに行きます」
「DAEMON内では、A側にかなり人数が多い報告はなされているでしょう」
「そうですね。センターにいたアバ選手がすでにA側に寄っています。そして、サマ選手のオーメンがスモークで入り口をふさいでいきます」
「目まぐるしい展開ですが、TRITON側の打開策に注目ですね」
DAEMONは、Aサイト内発電機の裏にサマのオーメン、AショートからA中をドレクのジェットがオペレーターでロックし、アバのレイナがAサイトの奥、高台になっているラフターへと合流を目指している。
「アティ選手のソーヴァがドローンを出していました。これ、オーメンのスモークが入り口をふさいでいるので、中の様子がわかっても侵入しづらいですね」
「はい。せめて人数だけでも把握できるといいのですが」
「スモークの中で、サイファーのワイヤーを探す動きをしながらドローンを進めますが… モクを抜けて、Aラフターにいるアバ選手にダーツを刺しましたね」
スモーク越しにアバのレイナが光った瞬間、アラのセージが持つヴァンダルの銃弾が、確実にアバのレイナに突き刺さる。
「あぁっと、モク越しのヘッドショット!!アラ選手がアバ選手を倒していきます!これで人数差はイーブン!これは、そのままA中へエントリーしそうですね」
「はい!アリエ選手のジェットがスモークをたいて、その中へ飛び込むエントリーを見せてくれそうです!」
「守り側のDAEMONは、全員がA側によってきてはいますが、間に合わなさそうですね」
「少しでも時間稼ぎをするために、引き気味に待っていますね」
「ジェット入った!」ドレクの声が響き渡る。
オペレーターのスコープは1mmも動くこと無く、Aサイト内への侵入者を捉え続けていた。
『誰一人通さない』
そんな覚悟を持っていたのだろう。その想いがジェットの高速移動にいとも簡単引き裂かれ、いまだかつてないほどの大きな声が発せられていた。
「おっと、アリエ選手のジェットがA中コンテナ上へと飛び込んでいきます!」
「A中、発電機裏にいるサマ選手には見えていましたかね?」
「見えていたと思います。アリエ選手もサマ選手が見えていたんじゃないですかね」
「お!?サマ選手が発電機裏から緑コンテナ裏へとシュラウドステップでワープ移動します」
「大胆な動きです。吉と出るか凶と出るか。ただ、これきっとアリエ選手は音が聞こえていると思うので、どこにいるか分からなくなっている可能性がありますね」
tabの解説通りアリエにはシュラウドステップの音が聞こえていた。
『発電機からは動いていないこちらの裏をかく動き』、『ラフター下に入り込む動き』、『ラフター上へと登る動き』、『Aショート側へ一旦引く動き』
無数の選択肢がパッと目の前に現れ、最適解を探していく。
アリエのジェットの姿を隠していたスモークが晴れ、視界が開放される。
発電機裏からラフターへと視線を移すアリエの目がサマを捉えることはなく、一方でサマは確実に真上にいるアリスのジェットを捉えていた。
「ヘッドショット!サマ選手がアリス選手を倒します!!」
「足元へと近づいてくる動きは予測できなかったかもしれません」
「あぁぁぁ!!!しかし、すぐさまカバー!アティ選手のソーヴァがサマ選手を逃しませんでした!!」
アリスを倒すサマの姿が緑のコンテナから半身だけ見えていた。それを見逃さず、きれいなリコイルコントロールでコンテナもろとも撃ち抜いていく。
「半身を見逃さず、コンテナ越しに撃ち続けていました!これで再び人数イーブン。アティ選手のソーヴァがA中へと侵攻します」
重たく低い銃声が会場を包む。
「よっしゃっ!!」思わず溢れるドレクからの声。侵入を許したときとはまるで別人だった。
「この試合2人目っ!!!ドレク選手のオペレーターがチームTRITONを破壊していきます!!」
『これ以上の侵入は許さない』
声を上げたその瞬間からドレクは冷静さを取り戻し、会場のモニターに映し出されるドレク視点のその映像からは、見る者全てにドレクの覚悟が聞こえていた。
「仲間は死なせない!」
ドレクの覚悟をあざ笑うかのように、今度はセージの声が会場を包み込む。まるで、新しいペンキで壁を塗り込むように、会場の色を変えるには十分すぎる声だった。
「いつの間にかセンターまで戻っていたアラ選手のセイジが、アリス選手のブリムストーンをアルティメットで復活させます」
「Aでの戦闘が行われている中、いつの間にかアラ選手とアデ選手はセンターまで引いていましたね」
「見ている全員が”A攻め”と思い込んでいる中、戦闘には参加せず気づけば二人でセンターで復活。どこまで作戦なのか…TRITON、恐ろしいです」
「これで再び人数差は無くなりました。DAEMONは全員がAによる動きをしていたので、B側にはサイファーのスパイカメラ以外は誰も残っていません」
「・・・そうですね。やはり、TRITONは一気にBメインからのB攻めをしますね」
「スパイカメラで全員いることは確認できていますが、サイファーが設置した罠は難なく壊され、設置までいけそうですね」
「はい!アデ選手のキルジョイがスパイクを、、、設置します。爆発まで45秒。爆弾を守りきればTRITONの勝利。爆発を阻止できればサドンデスへとつながっていきます」
TRITON側は、Bメインにアリスのブリムストーンが残り、Bサイト内でアラのセージとアデのキルジョイがスパイクを守っている。
一方DAEMON側は、マーケット側からウァプのサイファーとコピのソーヴァ2名が、スポーン側からドレクのジェットが侵入を試みる。
「現在TRITON側に残っているエージェントは守りにい強いですからね。DAEMON側はどのように突破していくのか…」
「そうですね。一気にDAEMON側は厳しくなりましたね」
tabの解説通りDAEMONの足は止まり、時間だけが刻一刻と過ぎていく。
ブリムストーンのスモークが進入路に落とされ、セージのバリアオーブによる氷の壁がスポーン側に設置され、その侵入を拒んでいる。
「さて、スモークが晴れ、氷の壁も破壊し、いよいよ侵入しますかね」
「はい。ソーヴァのリコンボルトで索敵をしていきますね」
Bサイト内に放たれたリコンボルトは誰一人見つけること無く瞬時に破壊される。
「やはりすぐさま破壊されてしまいました」
「3人でクリアリングしていくしかなさそうですね」
「そうですね。ただ、TRITON側は目一杯時間を使おうとしているので、顔を出すことはなさそうです」
リスポーン側の階段上からドレクのジェットがオペレーターを構えて奥に狙いを定める。
ウァプとコピはBメイン側の狭い通路を進んでいき、設置されているキルジョイのアビリティーを丁寧に破壊していく。
ダメージは受けていない。ただ、時間だけは無情に過ぎていく。
設置から15秒、残り時間30秒
「時間が無くなってきました。ウァプ選手とコピ選手がB中をクリアリングしますが、姿は確認できません」
「これで、ボートハウスにいることが分かりましたね。」
ボートハウス内への入り口は2つ。1つはドレクのジェットがオペレーターでふさいでいる。
もう一方の入り口を、二人でクリアリングするも、見える位置に敵の姿はない。中に入るしかない。
「さぁ、これは手前の壁に張り付いていることが予測できるので、入り込んでの打ち合いとなるでしょう!」
時間にしては一瞬だった。ただ、見ているものの心を熱くさせるには十分だった。
「ウァプ選手がエントリーするも、アデ選手がおさえていく!」
「しかし、すぐさま飛び込んだコピ選手にアデ選手が落とされ、そのコピ選手をアラ選手が倒していきます!!」
ドーーーーン…
本日3回目の低く重たい銃声に、会場中が静寂に包まれる…
「ここで、ドレク選手のオペレーターがコピ選手を貫いていきます!!この試合3キル目!!!」
地割れのような歓声が会場中に降り注ぎ、まるで水中のように少しの隙間もなく声に覆われていく。
この大歓声の中、人知れず、静かに動き、目から、耳から入ってくる情報を一つも逃さず捉え、現状の最適解を導き出す男がいた。
設置から23秒、残り時間22秒
「見てなよ!」ドレクのジェットが叫ぶ。
現れた5本のクナイに全てを掛ける。
「3キルで溜まったアルティメットを使用し、アリス選手との1対1です!!」
ピピッ!
ドレクが解除音を鳴らし、アリスを誘い込む。
仲間からの報告で、Bメインをクリアリング出来ていないことは分かっている。
『十中八九。いや、100%Bメインにいた』
確信を持って、Bメイン側の通路に照準を合わせる。
設置から26秒、残り時間19秒
ピピッ!
再び解除音が鳴らされる。
相手の動き、心理が見えているかのように、アリスは動いていなかった。
1回目の解除音。そのまま解除し続けていればDAEMON側の勝利だった。その状況であっても、アリスは2回めの解除音までは微動だにしていなかった。
2回めの解除音を確認し、静かに動き出す。
「さぁ、階段側から回り、Bサイト内を確認していきます。スパイクは手前側に設置されているので、少しのぞけばその様子は確認できてしまいます」
「通常は奥側に設置し、ボートハウスから確認できるようにすることが多いのですが、手前設置はこの場面まで想定していたのですかね」
「そうだとしたら、ここまで全てTRITONのシナリオ通りの可能性が出てきてしまいます」
ババン!!
解除中のジェットを銃弾が捉える。
解除を止めその姿を追うも、すでにいたであろう場所に人の姿はない。
設置から29秒、残り時間16秒
『倒すしかない!』
思うよりも、口に出すよりも、何よりも早くドレクのジェットは動き始めていた。
階段を登りながら、スポーン側、マーケット側と素早くクリアリングを済ませる。
後は、Bメイン側だ。案の定、そこに姿はあった。
Bメイン側通路の手前、動くブリムストーンの姿を確かにその目で捉えた。
吸い込まれるように頭に照準が合わせられていく。
『アリスさんは動いている。こっちが先に撃てる!』
確信を持って放たれたクナイは、真っ直ぐに、ブリムストーンの頭をめがけて飛んでいく。
『これが当たれば、解除時間に間に合う!!』
キンッ!
空気をも切り裂いたクナイは、無情にも背後の壁に当たって消えていった。
直前でしゃがんだブリムストーンの頭の上をクナイが通り過ぎていく。
正確で美しいエイムで狙われたクナイは、全て同一の線を描きながら、頭の上を通り過ぎていった。
ドンッ!
1発の銃弾が鈍い音をたてる。
日本一を決めた銃弾が、ジェットの頭を捉えていた。
***
「なんでしゃがんだんですか?」
コーヒーを手にベンチに座るドレクがまっすぐ壁を見ながら話している。
「相手を、ドレク君を信じていたからね」
横に座るアリスがドレクを見ながら微笑んでいる。
「なんすかそれ…」
不可解な疑問を浮かべるその評定には、照れくささも顔を覗かせる。
「あの場面。何度想定したってドレク君のクナイはまっすぐ僕の頭に飛んできたよ。まっすぐ、ね。」
アリスの目がまっすぐドレクに向けられている。
「ありがとうございます。うちらに勝ったんですから、必ず世界、取ってきてくださいよ」
ドレクの目に映るアリスの目は、透き通って輝いている。
轟音が二人を包みながら、晴れ渡る空を突き抜け、1機の飛行機が飛び立っていく。
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